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“ちゃんと考えていない企業”と同じに見られないために

2023-02-17

“ちゃんと考えていない企業”と同じに見られないために

馬鹿と天才は同じあらわれ方をする

「馬鹿と天才は同じあらわれ方をする」
どういったタイミングで聞いたかは忘れたが、私が高校生の頃に通っていた予備校の講師のセリフである。その講師は、「まったく勉強していない馬鹿はテストのときに何もわからないので何も書くことがない。一方で、天才はテストが簡単すぎてすぐに終わってしまう。だからどちらも試験時間が終了する前に途中退室する。試験を受けている君たちからすると、どちらも途中退室するので馬鹿なのか天才なのかわからないだろう。だが少なくとも、試験時間ぎりぎりまで粘ろうとしている君たちはまったく勉強していない馬鹿ではない」というような意味で、生徒に自信を持たせるために話していたような記憶がある。
「馬鹿と天才は紙一重」ということわざもあるが、それと同じようなフレーズだったことと、受験生だった私には何となく納得度が高かったので今でも覚えている。
その時の講師にそんなに深い意味はなかったと思うが、今ではこのフレーズを、「ちゃんと考えていない場合でもちゃんと考えた場合でも、目に見える結果は同じになる場合がある」と拡大解釈して理解している。

“思考プロセス”に価値がある

もちろん、ちゃんと考えると結果が違うものになる場合もあるのだが、「ちゃんと考えていない場合でもちゃんと考えた場合でも、目に見える結果は同じになる場合がある」というのは、皆様も日々の仕事をしていて感じるところがあるのではないだろうか。我々の仕事も、クライアント企業の戦略の方向性を検討したり、M&A対象企業の買収是非を判断したりすることがあるが、PJの開始前にあまり具体的な検討をせずに「たぶんこうだろう」と思っていたことと、PJを通していろいろな角度から検討した結果「やっぱりこうだった」という結論が同じになることはままある。
ここでお伝えしたいのは“直感の鋭さ”みたいな話ではなく、結論だけではなくプロセスやストーリーを含めて伝えなければ価値にならないという話だ。前述の例の場合、単純に「PJ開始前に思っていたことと同じでした!」という結論だけをPJの成果として報告してしまうと、「高いコンサルフィーを支払っているのに、PJやってもやらなくても結論変わらなかったのか」と思われかねない。だからこそ、どのような観点で分析をしていったのか、クライアント企業の成り立ちを踏まえて何を優先事項と考えていったのかといった“思考プロセス”を伝えなければ価値を感じてもらいにくい。あまりやりすぎるとパフォーマンスっぽくなるが、価値を感じてもらう上での大事な演出だと思う。対クライアントだけではなく、対社内においても同じだと考えている。

企業のコミュニケーションの場合も同様

一転して、企業の対外的なコミュニケーションの場合を考えてみる。同じように、ちゃんと考えていない企業とちゃんと考えている企業で表面上はあまり変わらない場合がある。例えば、「最近流行っているから統合報告書出しとくか」とあまり深く考えずに統合報告書を出す企業もいれば、「誰に何を伝えてどういった態度変容を期待して統合報告書を発行しようか」と発行目的や、他の開示媒体とのすみわけをしっかりと体系的に整理して統合報告書を発行する企業もいる。どちらも外部から見れば「統合報告書を発行している企業」だ。
同じように、「なんかESGとかSDGs流行っているから環境保全活動やっとくか」というノリの企業と、自社の事業との関係性や影響も考えたうえで「だからこの取り組みが自社にとって大事なのだ」というストーリーがあって環境保全活動に取り組む企業がいる。これもどちらも外部から見れば、「環境保全活動に取り組む企業」である。
ちゃんと考えていても考えていなくても“あらわれ方”が同じになってしまうからこそ、なぜこれをやっているのかという意味付けや、どのような考えでこの取り組みをするに至ったのかというストーリーこそが重要だし、それも含めて伝えなければ意味がない。そして、そのストーリーを含めて伝えていくことが企業のイメージを形作るのだと思う。

MAVIS PARTNERS マネージャー 渡邊悠太

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