3.マネージャー
印刷世界一わかりやすいパーパスや統合報告書の考え方
2022-09-09
よくある二項対立の概念
先日Netflixで「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」という韓国ドラマを見た。全世界のNetflix視聴時間のうち、非英語圏ドラマで6週間連続1位らしく、各方面で評価されていたのもあって見始めたのだが、とても面白くて週末かけて一気に見てしまった。話の概要は、自閉症で天才的な記憶力を持つウ・ヨンウ弁護士が、様々な案件を通して様々な立場の人と向き合い成長していく物語だ。詳細は是非ご覧いただくとして、本日は物語に直接的には関係ない、とあるシーンをみて思ったことを書きたい。
物語の中盤で、ウ・ヨンウ弁護士が先輩の弁護士に、「依頼人は社会正義に反するような嘘をついていて、この依頼人の弁護をするよりも、依頼人の嘘を明らかにした方が“世の中を良くする”ことができる」というようなニュアンスのことを相談するシーンがある。これに対する先輩弁護士の回答が秀逸で「弁護士の仕事は世の中を良くすることではなく、“依頼人の権利を最大限主張すること”だ。嘘をついているか否か、それが正義に反するか否か判断することは、裁判官の仕事であって弁護士の仕事ではない」。先輩弁護士の意見はビジネスとして極めて真っ当だが、人としてどうも腑に落ちないと主人公が悩むことも納得できる。“社会的な正義を追求するのか、顧客の利益を優先させるのか”というのは弁護士が良くぶつかるジレンマらしい。
一方で、こういうジレンマはどんな業種でも陥るし、新人社員が抱きがちな疑問でもある。ベテランになればなるほど無意識に受け入れてしまっているかもしれない。例えば、私は証券会社時代に、「顧客が欲しくない金融商品を勧めているのではないか、本当は買うべきタイミングではないときに勧めているのではないか」と悩み、会社の利益と顧客の利益の間で悩んだことがある。M&Aの世界でも、特に仲介業は案件を成立させることに全力を注いでしまい利益相反が起こる(要するに案件を成立させて得られる会社の収益や個人のインセンティブを優先させて、顧客のためにならない提案をしてしまい得る)というのはよく言われる。おそらくこうした二項対立のような話はどんな業種でもあるだろう。
本当にどちらか選ばなければいけないのか
上記のような二項対立に悩むと、「この仕事はクライアントのためにならない」とかなんとか言って転職を考え始めるというのはよくある若手の転職理由だが、本当にどちらかしか成り立たないのだろうか。クライアントのためにならないけど会社のためになると割り切って清濁併せ吞む必要があるのだろうか。
企業経営に置き換えると、「うちの事業は環境負荷を与えているから事業をやめるべきなんだろうか、それとも環境に悪影響を与えると割り切って事業を継続するべきなんだろうか」と悩んでいることに等しい。当然、両立する世界観もあるはずだし、それを追求すべきだ。この両立する世界観を考えて言語化することが、パーパスであり、統合報告書なのではないか、と思う。かなり極端な発言だが、“事業価値と社会価値を両立させる“という本質は、ピュアな新人が陥りそうな悩みに対して、いかに丁寧に説明して不安を解消してあげるか、に近い。
二つを両立させる世界観
話は変わるが、個人年収で10億円を目指している、という人の話を聞いたことがある。その人はなぜ10億円を目指しているのかというと、10億円を稼げば半分は税金という形で社会に還元されることになるし、年間数億の資産が積みあがれば、美術館を残すとか地域に貢献するというような形で社会貢献することもできる。自分がやりたい社会貢献を実現するためには、自分はこれくらい稼ぐ必要がある、というようなことだそうだ(かなり綺麗事ではある)。では、10億を稼ぐためになぜ今の仕事をしているかというと、自分にはこういうバックグラウンドや性格、強みがあるからこの仕事が向いている、ということらしい。
これは統合報告書の一つのストーリーパターンに近いと思っていて、「自分はこういう人だから、この仕事をやっていて、この仕事でこういう価値を生み出して、社会に対してこういう還元をしている/していきたい」というのは、企業に置き換えれば統合報告書の骨子としても成り立ちそうだ。パーパスや統合報告書というと、なにやら難解なものとか、今はやっているからとりあえず考えてみる、というやらされ仕事になってしまう可能性もあるが、こんな風に考えるとより身近に感じられるのではないだろうか。
MAVIS PARTNERS マネージャー 渡邊悠太