2.アソシエイト
印刷「強い」リーダーがもたらす組織の弱体化
2022-02-04
リーダーの独断が組織の持続性を失わせている
仕事柄、若手ながらも様々な企業のトップや経営層の方々とお話する機会を頂いている。当然ながら、企業の経営を担う立場であるため、自社にとって何が課題なのか?そして何をすべきなのか?について自身の考えを持っている方ばかりである。会社組織の一員でいると、思わず疎かになってしまいがちな高い視座からのお話に、ハッとさせられることも多い。
そういったリーダーの存在は言うまでもなく必要だが、依存しすぎると、会社の持続性に支障をきたすのではないかと思っている。
以前ご支援先で、プロジェクトの方向性から具体的な施策まで、ほとんど自ら決定して進めていくリーダーの姿を見たことがある。その方は、会社で30年近くの経験を持ち、周りからの人望も厚く、いつも最前線で会社を引っ張っている方だった。これだけ聞くと、スピーディーな検討が行われている良い事例に見えるが、問題はその他のプロジェクトメンバーが、リーダーの判断に任せて、自分たちで考えることをやめてしまっていることだった。
議論の意味を見失い、迎合し、考えない集団になってしまう
上記のプロジェクトに参加しているメンバーは次のようにこぼしていた。「あのプロジェクトで自分の意見を言っても、最終的にはリーダーの鶴の一声で決まってしまうから、発言する意味を感じない。リーダーの言うことに従って動いているだけだ。」せっかくプロジェクト形式で検討をしているのに、メンバーは議論する意味を見失っていたのである。
加えて、このリーダーは、明確な根拠を示さずに意見を言うことが多かった。普通に聞いていれば「それって本当なの?根拠はあるの?」と言いたくなるような発言も少なくなかったが、大ベテランのリーダーを前に、臆せず疑問を投げられるメンバーはいなかった。
もしかしたら、そのリーダーは、これまでの成功体験から、「このように考えれば上手くいく」という方法論が頭の中にあったのかもしれない。もしそれが周りにも伝わっていれば、他のメンバーも意見を言いやすく、議論になったのではと思っている。
完全に思考がブラックボックス化している上の発言に対して、物を申すのは、その人の考え方ではなく、その人自身と戦うことになるので、相当な勇気が必要だと思う。
暗黙知は大事だが、形式知化しないと会社の未来は無い
たしかに、組織にとって暗黙知は重要な要素で、それによって会社が上手く回っていくという側面もあると思う。しかし、その暗黙知が共有され、形式知化しないと、時間が経つにつれ、主体的に考え会社を動かす人材が不足していくのではないかと思っている。
経営学者の野中郁次郎先生は、1980年代の日本企業の成功要因を「暗黙知から形式知への転換にある」と述べている(有名な「SECIモデル」はその形式知を生み出すプロセスを表現したもの)。
経験豊富で、会社の中でいくつもの成功を積み重ねていくと、自分で判断して実行したほうがスピーディーかつ正確に物事を進めることが出来るため、自身のノウハウを形式知化し、下に伝えていくことの優先順位を下げてしまうのかもしれない。世の中には、70代80代になっても、創業者が代表として指揮する会社もある。しかし、本当にこの先50年100年続く会社を作っていくのであれば、暗黙知の形式知化は忘れてはいけないような気がしている。
独断からの脱却と、正しい意思決定の継続には形式知化が重要
先日、某日系大手医療機器メーカーで20年以上の経験を持ち、現在は医療機器専門のコンサルタントとして活躍されている方にインタビューさせて頂く機会があった。その方は、医療機器メーカー在籍時代に複数のM&A検討に関わっており、そのときの話を聞くことも出来た。特に印象に残っているのは、「DDを一部門の自己都合で行ってはいけない」という話である。詳細は割愛するが、要約すると、研究部門に意見に寄り添ったDD結果をもとに、とある会社とのJV設立を断行した結果、失敗に終わったという話だった。
その話を聞いて、もしM&Aを検討する際のDDの観点やプロセスがしっかりと形式知化されていたら、研究部門の独断に対しても、ストップをかけられたかもしれないと思った。リーダーの独断もそうだが、部門の独断というケースもM&Aの検討では起こりやすいのかもしれない。
会社の中の暗黙知の形式知化、これが会社として正しい意思決定を続けていくために重要だと改めて感じた。
MAVIS PARTNERS アソシエイト 井田倫宏