2.アソシエイト
印刷「自分事化」の幅を広げるということ
2026-01-23

クライアントワークの質を定める「自分事化」の
ここ数年、プライベートでまとまった金額の支払いを伴う意思決定の機会が続いている。婚約指輪や結婚式、そして最近では引越しを見据えた新築マンションの検討である。こうした場面では、必ずと言っていいほど担当者との対話が発生するが、そこで提供される提案の質には明確な差があることに気づかされる。
痒いところに手が届くような提案をしてくれる担当者がいる一方で、こちらの意図や背景を十分に汲み取れていないと感じる場面も少なくない。もちろん相性や経験年数といった要素もあるだろうが、接客サービスやクライアントワークの良し悪しを分ける要因は、それだけではないと感じている。
良し悪しを分ける重要な要因の一つは「自分事化スキル」ではないだろうか。自分事化ができている担当者は、「自分だったらどう考えるか」「どのような支援を受けたら嬉しいか」という想像力を働かせながら提案を行うため、表面的な要望への対応ではなく、一歩踏み込んだ支援に近づくことができる。
自分事化は、クライアントの期待を正確に言語化し、最短距離で価値提供につなげるための重要な思考態度である。だからこそ、この差が積み重なったとき、接客やクライアントワークの質に大きな違いが生まれるのだと感じている。
自分事化は、意識だけでは乗り越えられない?
自分事化が重要だと分かっていても、意識を変えるだけで誰もが簡単に実践できるわけではないだろう。そこには、個人の原体験に依存する側面が確かに存在する。
例えば、不動産仲介を考えてみる。既に家族を持ち、子育てを経験している担当者であれば、ファミリー層が住宅選びで何を重視するのか、もしくは住んだ後に後悔しやすいポイントを具体的に想像できるだろう。一方で、独身の担当者が同じレベルでその感覚を共有することは容易ではない。情報として理解することと、実感を伴って理解することの間には、埋めがたい差がある。
この点において、私自身も自分事化しづらい領域を抱えている。現職で支援しているクライアントはほとんどが大企業であるが、私はいわゆる典型的な大企業に所属した経験がない。前職では個人ごとに売上ノルマが課される強い個人主義の営業会社であり、現職のコンサルタントという職業も、元来個人主義的な性格が色濃い。
そのため、大企業特有の組織構造や意思決定プロセスに起因する悩みは、頭で理解することはできても、原体験に基づいて共感することは難しいと感じる場面がある。自分事化は意識すればどうにかなることではなく、経験の制約を受ける。まずはその現実を正面から認める必要がある。
経験の幅が自分事化の幅を広げる
自分事化が原体験に左右されるものであるならば、その幅を広げることは難しいのだろうか。私は必ずしもそうではないと考えている。
コンサルタントの仕事は、業界や組織の当事者になることではなく、クライアントの重要な意思決定を支援することである。この点において、職歴や立場の違いは必ずしも決定的な制約にはならない。意思決定の「構造」に目を向ければ、異なる文脈の間にも共通点を見出すことができる。
例えば、将来の事業展開や需要を踏まえ、供給力を確保するために新工場をどこに設立するかという企業の投資判断は、自身のライフスタイルの変化を見据え、将来的な必要条件を洗い出した上で住まいを選ぶプロセスと似ている。前提条件を整理し、選択肢を比較し、定性・定量の両面から納得解を探るという構造自体は大きく変わらない。
プライベートでは、稟議もプレゼンも株主への説明責任もないため、ビジネスほど厳密な検討を行わないことが多い。しかし、意識的に仕事と同じ思考プロセスを適用すれば、意思決定の重みや葛藤を追体験することは十分に可能であるはずだ。その経験は、クライアントの思考を理解するための重要な材料・糸口になりうる。
この例に限らず、プライベートでの経験の幅を広げることは、自分事化の射程を広げることにつながる。例えば、弊社では資本市場に関わるテーマを扱うことも多い。もちろん機関投資家の考え方を今すぐに実体験することはできないが、個人投資家として株式投資をやってみることはできるし、それによってステークホルダーの考え方・感じ方を追体験することができる。このように、自分事化の幅は経験の設計によって広げることもできるはずである。ここまで読んでくれた皆さんも、ぜひ私生活を通じて「自分事化の幅」を意識的に広げてみてほしい。
MAVIS PARTNERS アソシエイト 松村寿明








