2.アソシエイト
印刷形だけのコーポレートガバナンス改革
2025-05-23

数字で見るコーポレートガバナンス改革の進捗
昨年くらいから、仕事でコーポレートガバナンスについて考える機会が増えたため、普段新聞を読んでいてもコーポレートガバナンス関連の記事が目につくようになった。
2025年6月4日の日経新聞で「株主総会前の有報開示55%に急増、対話へ前進 金融庁調べ」という見出しの記事があった。この記事によると、「3月末を決算期とする上場企業は約2300社あり、55%に及ぶ1241社が総会前に有報を開示する見通し。わずか42社(2%)にとどまっていた昨年から大幅に増加する」ということらしい。総会前の有報開示は以前から海外機関投資家を中心に要請されていたことであり、この記事の内容は、日本企業のコーポレートガバナンス改革が進んでいることの証左にも見える。
少し時間を遡ると、2021年にコーポレートガバナンス・コードが改定され、「独立社外取締役を少なくとも3分の1以上選任すべきである」という指針が示されて以降、多くの企業が社外取締役を登用するようになり、2023年には東証プライム上場企業の約95%が取締役会の3分の1以上を社外取締役にしている。これも、日本企業のコーポレートガバナンスが、欧米水準に近づいていることを示唆する事実に見える。
本当に改革されているのか
ただ本当の意味で、日本企業のコーポレートガバナンス改革が進んでいるかというと微妙ではないだろうか。
先ほど例に挙げた「総会前の有報開示」に関して言えば、たしかに総会前の開示は劇的に増えたものの、蓋を開けてみると、総会の数日前~前日だったりするケースも多く、「有報の内容を議決権行使の判断材料に活かしたい」という機関投資家の意向に沿っているとは言い難い。事実、海外機関投資家が求める有報開示時期目安は総会の2週間前らしいが、2週間以上前の開示を実践しているのはHOYAとT&Dホールディングスの2社のみだという。
「社外取締役の登用」に関して言えば、数は揃っているけど質がイマイチと指摘する声も少なくない。とある企業の社外取締役は「取締役会事務局がCEOの指示を受けて議題を調整し、社外取締役も取り立ててとがめることもないといった状況が横行している」と指摘している。また、日本取締役協会も「近年、企業の社外取締役の人数は増加傾向にあるが、その質を指摘する声は少なくない」と、社外取締役の質向上を課題と捉えている。
これらを見ると、上記で挙げたような”成果”も、表層的なものに過ぎず、本質的な改革までは至っていないのではないかと感じる。
本質的な改革とは
「国がうるさく言うから対応している」というスタンスの企業も多いと思われる。総会前に有報を出して欲しいという機関投資家の要望が長らくあった中で、今年急に総会前の有報提出が増えたのも金融相が3月に要請を出したことがきっかけである。
これまで何度か、機関投資家の方や、取締役会への助言を行うコンサルタントの方々とお話をしたことがあるが、形だけの取り組みになっているケースが多いということはよく聞く。
しかしそれでは、言うまでもなく、投資家との信頼関係を築くことは難しいだろう。近年では、機関投資家だけでなく個人投資家のコーポレートガバナンスに対する関心も増してきており、形だけの取り組みは、機関投資家のみならず個人投資家にも不信感を持たせてしまう要因にもなりかねない。
では、本質的な改革とはどういったことだろうか。例えば、先述した社外取締役の質向上であれば、「社外取締役のパフォーマンスを随時チェックして改善していく」取り組みは、質を維持・向上するための有効な手段の一つと言えそうである。日本ではまだ取り組みの少ないテーマであるが、とある海外の企業では、社外取締役同士で次期社外取の”推薦”を行い、誰からも推薦を得られなかった社外取には退任を促すという取り組みを行っているそうだ。
コーポレートガバナンスは欧米の方が進んでいるとよく言われるが、一概にそれを全て日本企業が真似ればよいというわけでも無いかもしれない。国が違えば人も文化も違うからだ。しかし、いまや米国に次いでアクティビストの関心が高い日本において、コーポレートガバナンスの本質的な改革は避けては通れない、日本企業共通の課題だなと、6月4日の日経新聞を読みながら思った。
MAVIS PARTNERS アソシエイト 井田倫宏