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「歌わされる」より「歌う」ために

2024-11-22

「歌わされる」より「歌う」ために

歌は上手なのに、面白くない

去る日、前職時代の後輩に誘われて東京文化会館に訪れた。音大出身直後の若手声楽家の発表会を聴くためだ。オペラ好きな私だが、普段とは異なる環境で複数人の若手声楽家を比較しながら鑑賞する経験はとても面白い体験となった。
自分と同年代の若手声楽家の素晴らしい歌唱技術に接したことはとても素晴らしい時間だったが、特に印象的だったのはあるバリトン歌手の歌唱だった。彼はG.ヴェルディのある歌劇のアリアを歌っていたのだが、歌唱技術は確かに高度だったものの、どうしても私は物足りなさを感じてしまった。声質や声量、声のコントロールといったベースの技術は日本のオペラ歌手の中でもかなりの水準にあった(実際、経歴的にも相当な評価を得てキャリアを積んでいると見える)のだが、そのアリアに含まれる登場人物の怒りや葛藤、かつての安らぎへの追憶など、作曲家が本来描こうとした人間性が伝わってこなかった。演奏会だったのでそうした感情面を描くことは難しかったのかもしれないが、私がかつて接した巨匠と呼ばれるバリトン歌手の演奏との歴然とした差を感じた。彼は単に「歌わされて」いるようで、作品から何某かの解釈をもって「歌っている」とは感じられなかったのである。歌は上手なのに、面白くなかった。

翻って、内省する。自分自身も、自社や業界の過去の知見やフレームに安易に乗って検討成果を作ろうとしていないか、と。それっぽい情報を取り揃えてそれっぽく整理しても、それはそれっぽい成果物に過ぎず、決してクライアントに刺さるものではない、と最近もフィードバックをもらったばかりだ。

「伝統は最後に行われた醜悪な演奏の色あせた想い出である」

リッカルド・ムーティというイタリア人の指揮者がいる。ミラノ・スカラ座、ローマ国立歌劇場の芸術監督を歴任し、世界の檜舞台でタクトを振り、「帝王」と称されるイタリアオペラ界の巨匠だ。
彼のオペラ界に与えた最も大きな足跡の一つに、ヴェルディ等のイタリアオペラ上演における作曲家への回帰主義が挙げられる。詳しくは彼の著作が日本語訳をされているので参照されたいが、彼はワーグナーなどのドイツ系の作曲家が楽譜通りに忠実に演奏されているのに比べ、ヴェルディらのイタリアの作曲家の作品が、各地の劇場で伝統的にしばしばシーンをカットされることや、アリアが歌手の技術を誇示するために改変されていることに課題を感じ、本来の作曲家の意図のままに演奏されることに多くの情熱を注いだ。批評家たちが「原典至上主義」と呼称するこのムーブメントは、これまでの伝統的なイタリアのオペラ上演作法の多くを否定するものであり、大きな反発を招いた(これだけが原因ではないが、スカラ座芸術監督時代、オーケストラにボイコットされ、ムーティが一人オーケストラの代わりにピアノ演奏をして上演したというエピソードが残されている)。しかし、作品を創造した作曲家の楽譜に向き合うことで、彼はドイツ系の作曲家に対して芸術性で相対的に劣るとされていたイタリアの作曲家の作品を再評価させたのだった。

「伝統は最後に行われた醜悪な演奏の色あせた想い出である」とは、ドイツの指揮者ヴィルヘルム・フルトヴェングラーの言葉である。作曲家が作品に与えた意図が時代を下るにつれて変遷していった先に改変されることが伝統なのであれば、その意図に私たちは注意を払う必要があるだろう。「クラシック」という言葉は私たちに「伝統」というイメージを想起させるが、巨匠は「伝統」の名の下に改変された演奏を否定する。作曲家が創造性を込めた作品とその解釈こそが演奏の本質なのだと。

ファクトとロジック「だけ」を武器にする仕事

MAVISのプリンシパルの言葉を借りれば、(少なくともMAVISの)コンサルタントの仕事とは、「ファクトとロジックを武器に勝負する」ことである。クライアントの経営課題に対して、貢献出来たら勝ち、出来なければ負けのプロフェッショナルな世界だ。
特にMAVISは小さなファームなので、大手のように自社の知見やフレームワークはないので、フルスクラッチで解決策を描くことに一番の提供価値を見出さないといけない。「ファクト」を掴むことも難しいタスクだが、それをどんな「ロジック」で解釈するのかは芸術の領域に近いかもしれない。「ファクト」からそれっぽく見えるものを作るだけでは、永遠に解釈の世界には昇華できない。
ファクトを正確につかむだけではまだ「歌わされて」いるに過ぎず、感動を与えるレベルで「歌う」ためにはファクトを解釈するロジックが描けないといけない。

本当はオペラ歌手になりたいと思っていた私が、コンサルタントという仕事に惹かれたのは似た気風があるからなのかもしれない。
だからこそ、ファクトに「歌わされて」いないか内省しながら仕事に取り組みたい。ファクトとロジックを武器に「歌う」プロフェッショナルであったほうが絶対楽しいし、聴衆を感動させられるから。

MAVIS PARTNERS アナリスト 為国智博

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