1.アナリスト
印刷“神様のM&A”
2024-09-06
“神様”のM&A?
パナソニック創業者松下幸之助翁(以下、「松下幸之助」)と聞いて、思いつくことといえば「経営の神様」、「道をひらく」などで、M&Aと結びつくことは稀だろう。「経営の神様」は彼を評した言葉で、まさに神様のような経営手腕で、「道をひらく」とは彼の一番読まれている著作で戦後ベストセラー第2位だ。私の同世代では彼の名前と功績を知る人は減っているそうだが、経営者・著作家としての卓越した業績は今も輝いている(下世話な話、彼の遺産総額は今も破られず日本最高記録だという)。しかし、彼の卓越したM&Aという側面はあまり知られていないような気がする1 。
実は自分がM&Aコンサルタントという仕事を選んだのも、松下幸之助の影響が大きい。私は前職、松下幸之助と非常に縁深い組織にいたので、彼の著作も数十冊読んだし、両手で数えきれないぐらい関係者の講演も聞いた。
その中でも特に記憶に残っているのが、先輩で経営者として活躍されている方が言っていた「松下幸之助はM&AとPMIの天才なんだ」、という発言だった。“経営の神様”のM&Aとは何だろうか?私は大いに興味を惹かれた。
M&AとPMIの天才、松下幸之助
実は、現在のパナソニックの主力事業のうち、電池や白物家電の一部の源流を辿ると他社の買収に行き着く。電池事業の源流には岡田乾電池(私の前職は岡田乾電池創業者の別荘跡に立地していた)があるし、洗濯機や冷蔵庫は滋賀県草津の中川機械(草津工場は現在も家電事業の国内主要工場となっている)が祖だ。オランダ・フィリップス社との提携でテレビ事業は発展し、そのほかにも多くの事業がM&Aという手法によって展開されていった。
これらが今日まで続く家電の基幹事業となったという背景には、卓越したPMIの手法もあったに違いない。良い企業を買収してみたものの、期待をしていた優秀なキーパーソンの離職というのはPMIでは起こりがちなアクシデントだが、松下幸之助は買収先企業の有能な人材を抜擢する“伯楽”でもあった。松下幸之助が会談30分で資本提携を決断した中川機械社長の中川懐春は後に松下電器の副社長とまでなったし、岡田乾電池出身の高橋荒太郎はその後重用され、フィリップス社提携で交渉を一任され、労組対応でも頭角を現し、松下電器副社長・会長を歴任した。
松下幸之助はよく“経営の神様”と崇められ、「企業は社会の公器」、「人づくり」など、彼の思想・経営理念がクローズアップされるが、M&AとPMIの世界でも“神”技を誇ったのである。
なぜ“経営の神様”のM&Aという功績は埋没したのか?
調べてみると2016年に、パナソニックミュージアム 松下幸之助史館で「松下幸之助『生成発展への道程~M&Aと提携の歴史に学ぶ~』」という特別展が行われていた2以外、松下幸之助とM&Aの功績について目立った言論はデスクトップリサーチ3では見つけられなかった。松下幸之助論というのが巷にあふれかえっているにも拘わらず、彼のM&A手法について述べたものはごく少ないといことは分かったが、未だかっちりと要因分析をするに至らない。
あくまで私見だが、経営者に限らず、日本の偉人伝はどうしても人格の高潔さにフォーカスしがちな気がする。特に、松下幸之助は経営だけでなく、大ベストセラーの「道をひらく」の業績をみてもわかるように著述家・啓蒙家としても大成した人物だ。啓蒙家としての彼の語り口は、(彼の実際の発言に比べて、)平易でやさしく多くの人にフレンドリーな内容であり、その人物の華々しい事業遍歴がM&Aという“身近ではない手法”によってもたらされているとは、あまり考えたくはないものなのかもしれない。MAVISでも「M&Aは摩擦と痛みを伴う手段」であると考えているし、“M&A”ときくと、外国の企業に自国の企業が買いたたかれる、というイメージを持つ人も多いと思う。
“神様の足跡”を想って
私は珍しいもの好きなので、冒頭の先輩の「M&AとPMIの天才」という発言に、その観点はなかった!と興味を惹かれ、M&Aコンサルタント会社で働こうと思い、実際に今MAVISで働いている。かつてはM&Aにいいイメージばかりをもっていたわけではないが、大いに摩擦や痛みを伴うだけにそのリワードも大きいと実感し、正しく用いられれば日本の経済・社会に大いに寄与すると信じている。その前線で仕事ができることは大きな喜びだし、MAVISで働く醍醐味だと思う。
M&Aコンサルタントとして仕事をしていると、本当に難題に直面することばかりだ。私は仕事の半分ぐらいはリモートでしているので、時折ふと自室にある松下幸之助の書(が焼き付けれた飾り皿)が目に入る。もちろん直接彼から与えられたものではないが、「大忍」という麗筆に大いなる師・松下幸之助のM&Aの足跡を想う。パナソニック製の冷蔵庫でキンキンに冷やされたビールを飲みながら。
MAVIS PARTNERS アナリスト 為国智博
1このコラムを書くにあたってちょっと楽をしようと、Chat GPTに松下幸之助のM&Aについて調べさせてみると「松下幸之助が個人的に直接関与したM&A(企業買収・合併)やPMI(Post-Merger Integration、買収後の統合)に関する事例はあまり知られていません。」と返してきた。彼はネットを読み込んでいる筈なので、少なくともネットではあまり知られていないようだ。(楽はできなかった…。)
2【特別展】松下幸之助「生成発展への道程~M&Aと提携の歴史に学ぶ~」6月30日まで開催中(https://news.panasonic.com/jp/topics/146239)
3コンサル用語で、インターネットなどによるオープンデータに基づく調査を指す