1.アナリスト
印刷コンサルティング業界における心理的安全性
2024-11-08
近年注目される心理的安全性
「心理的安全性」という言葉が近年注目されていることをご存じだろうか?1999年に組織行動学の研究者であるハーバード大学のエドモンドソン教授が提唱した心理学用語で、「チームの心理的安全性が高い」ということは、「チーム内のメンバーが誰に対しても恐怖や不安を感じず、安心して発言・行動できる状態」を指している。誤解が多いのだが、決して「ぬるま湯がいいよね」という話ではない。「無知だ」「無能だ」「邪魔だ」と思われる恐怖・不安が、メンバーが自由にかつ積極的に発言・行動に制限をかけうるという問題だ。
世界中の企業が「心理的安全性」に注目し始めたきっかけは、Googleが行った研究プロジェクトの中で、「チームや組織の生産性向上には、心理的安全性が重要だ」と結論づけたことだと言われている。実際に日本でも関連書籍がヒットし、私も手に取って読んだことがある。
「心理的安全性」は、個人とチームの能力を最大限に引き出す鍵の一つだろうと私も考えている。例えば、新規プロジェクトのアイデア出しという場面では、心理的安全性が高い環境でこそ、独創的な発想や多様な意見が引き出される。また、職位が低くても優秀なメンバーが積極的に貢献できる環境が整い、結果的にプロジェクトの質が向上する。さらに、失敗やミスを隠さず報告する文化が根付くことで、リスクの早期発見や問題解決が迅速になるという効果も期待できる。心理的安全性は、個人とチームの能力を最大限に引き出す重要な要素であると言えるだろう。
心理的安全性がそこまで重要でない環境とは
一方で、心理的安全性の重要性が高くない環境や組織もあるかもしれない。例えば軍隊では、上意下達による確実な戦略の実行が求められる場面が多く、特に戦闘時や緊急事態では迅速な意思決定と指揮命令の徹底が優先される。そのため、チーム内での議論の活発化が直接的な成果に繋がらないどころか、混乱や遅延を招くリスクもありうる。ただし、訓練や準備段階では兵士が自由に疑問を投げかけたり、失敗から学んだりする環境が、緊急時のパフォーマンス向上に役立つため、心理的安全性の重要度は高いかもしれない。
また、カリスマ経営者が率いる企業では、その独特なリーダーシップスタイルが心理的安全性と相容れないと考えられることも多い。特に、強いビジョンや方針を持つ経営者が気難しく、上意下達のコミュニケーションを重視するという世間一般のイメージは実際ある。そのような環境では、従業員が経営者に忌憚なく意見を述べることが難しいため、心理的安全性という言葉とは無縁に思える。しかし、こうした環境でも、従業員が指示を忠実に実行する一方で、現場の課題や改善提案を適切に上げられる仕組みがあると、組織全体のパフォーマンス向上に繋がることもありそうだ。
このように、トップダウン型のコミュニケーションが重視される環境では、心理的安全性の優先度は下がるかもしれない。しかし、完全に排除するのではなく、状況に応じて適切に取り入れる余地もあると言える。
コンサルティング会社における心理的安全性
個人的な感触では、ソフトウェア業界における「心理的安全性」の注目度と比較すると、コンサルティング会社ではその注目度は低いように見えるが、それはなぜだろうか。ソフトウェアのデザインと同様、経営課題の解決という創造的な業務に携わる点では、心理的安全性のメリットは大きいはずだ。
もしかすると、コンサルティング業界がソフトウェア業界と比べて、明確に階級的な組織構造であることから、メンバー同士がフラットに安心して意見交換する土壌づくりに目が向かないのかもしれない。そもそも、ファクト&ロジックを売りにしているため、昔ながらの営業会社でよく聞いたような「理不尽な理由により数時間怒鳴られ続ける」といった悲劇は少なそうだ。とはいえ、感情的にならないとしても、リーダーが過度に批判的な態度を取ることによって、若手メンバーが意見を述べにくい状況が発生することはありうるだろうし、その状況は望ましくないはず。
心理的安全性が高い環境は、結果として仕事の質向上、そして離職率の低下に繋がると考えられている。人が資本であるコンサルティング会社が持続的に成長するには、心理的安全性を基盤とした組織文化の構築も注目すべき要素なのかもしれない。
余談だが、弊社ではクライアントとの会議の後は毎度プリンシパルも含めてPJメンバー全員で振り返り会議を行い、役職関係なくメンバーの良かった点、悪かった点、改善すべき点を全員がコメントする場が設けられている。まさにフラットに意見を言うことを正とした環境が制度として提供されているのである。
MAVIS PARTNERS アナリスト 松村寿明