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混沌からのフランケンシュタイン考~混沌から感動を生むために~

M&A戦略 MAVIS PARTNERS コラム 267


サンチョ・パンサの言葉ではないが、何事にも始まりがあり、その始まりはそれに先立つものと結びついていなければならない。ヒンドゥー教徒はこの世界を一頭の象に支えてもらっているが、その象だって一匹の亀の上に立っている。創作とはしたがって、無ではなく混沌から生まれると認めざるを得ないのだ。

―メアリー・シェリー「フランケンシュタイン」1831年版のまえがき―

ミュージカル『フランケンシュタイン』の衝撃

去る日、池袋の東京建物 Brillia HALLでブランドン・リー作曲/ワン・ヨンボム脚本の二幕物のミュージカル『フランケンシュタイン』を観劇した。幕間に確認するまで殆ど作品概要に触れる時間がなかったが、ヨーロッパと米国から輸入されることが多い外国ミュージカルにおいて珍しく2014年に韓国ソウルで初演されたこの作品は、私がこれまで見た邦語のミュージカルの中でも珠玉の出来栄えだった。
フランケンシュタインという小説は読んだことは無かったが、何となくあらすじは知っている。“フランケンシュタイン”というのは科学者の名前で、彼が死肉を再構築して人間を創造しようとして、意思疎通の出来ない“怪物”を生み出すに終わった物語だ。それぐらいの認識で観劇した同作は、第一幕にビクター・フランケンシュタイン博士と軍医アンリ・デュプレの固く熱い友情譚が描かれ、博士は死した友アンリと再会すべく生命創造の実験を行い、結果友とは似つかわしくない“怪物”を生み出してしまう。第二幕ではその“怪物”が自らの創造主フランケンシュタイン博士への復讐を期して襲ってくる。
美しいナンバーと演出に彩られた舞台の中でも、特に第一幕の博士とアンリの友情譚が感動的で、断頭台を前にしたアンリの独唱には思わず涙が溢れてきた。

実は存在しない親友」

あまりの感動に観劇直後、私は書店にメアリー・シェリーの「フランケンシュタイン」を求めた。感動した舞台の原作に接し、驚かされたのは、物語の心臓である軍医アンリ・デュプレが小説には一切登場存在しなかったことだ。親友は“ヘンリー・クラーヴァル”であり、舞台で描かれる戦場の悲劇や北極での決着も、原作とはまったく異なったのである。フランケンシュタイン博士は博士でなくて学生だし、私が大泣きしたアンリの断頭台のアリアもない。作曲家と脚本家は小説「フランケンシュタイン」を再構築し、混沌とした怪奇小説に友情というスパイスを加えて新たな感動を生み出したのである。
当然、舞台への批評には作曲家と脚本家による独自の解釈あるいは脚色を批判するものがあった。しかし、さらに私が感銘を受けたのは、原作者のシェリーとて、その想像は既存の“混沌”を再構築したに過ぎないと述べていることである。1816年の夏、夫と訪れたスイスでイギリスの詩人ジョージ・ゴードン・バイロンと医師・小説家ジョン・ポリドリと共に過ごし、4人それぞれが「幽霊の話」を創作した。文学者を両親に持つ彼女は夫から創作を期待されたものの、物語の創造に苦しんだという。そうした中で、会話に上がった“生命原理”についての取り留めのない話題(死体に電流を流すと動き出すといった実験の記録など)から着想を得てこの小説を書き出したという。

混沌から感動を創造するという仕事

翻って自らのコンサルティングという仕事を思う。MAVISのコンサルティングの仕事は、“ファクトとロジック”に基づきクライアントに感動を与えるということに尽きる。それは、なにか与えられたテンプレートがあって、それに従ってストーリーを築いていけば出来上がる、というスタイリッシュな仕事ではない。ただ得られる限りの生々しいファクトを収集し(それは業界レポートであることもあるし、重要人物のポッドキャストかもしれない)、それぞれの繋がりを理解し、そこから得られる示唆によってクライアントにとって価値のある課題の解決策を描く泥臭い仕事である。
ブランドン・リーとワン・ヨンボムが生み出したアンリ・デュプレという“存在しない友”は、彼らが混沌を恐れず物語を再構築し、意味を吹き込んだ末に誕生し、物語をより感動的なものへと昇華した。シェリーの言葉を借りれば、“ある主題に込められた可能性をつかみ取る能力、その主題が紡ぎ出すアイディアをかたちにする能力”が創作の根源である。コンサルタントとしての自分の仕事も同じく、混沌としたファクトに手を伸ばし、形なき情報にロジックの輪郭を与える創造者であり続けたい。混沌から紡ぎ出したアイディアの先に、クライアントの感動を目指して。

MAVIS PARTNERS アナリスト 為国智博


1メアリー・シェリー著/小林章夫訳、「フランケンシュタイン」、光文社、2010年初版