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「予想できない世界」とどう付き合うか

M&A戦略 MAVIS PARTNERS コラム 294

新年と「大予想」の季節

新年明けましておめでとうございます。
年が明けると、雑誌やニュースサイトには「2026年の日本経済大予想」「○○業界の行方」といった特集が並ぶ。テレビのワイドショーでも、コメンテーターや専門家がスタジオに呼ばれ、「株価はこうなる」「物価はこう動く」「生成AIはここまで進化する」と、今年の行方を語る場面を目にした人も多いはずである。
私自身もこうした記事をつい読んでしまうタイプであり、「なるほど」とうなずきながら、どこかで「本当にそうなるのだろうか」と半歩引いて眺めている自分もいる。コンサルタントの仕事も、広い意味では「数年後を見据えていま何を準備すべきか」をクライアントと一緒に考える営みであり、未来予測を前提にした仕事であると言ってよい。
そう考えると、「予想」とはそもそも何なのか、どこまで厳密にできるものなのか、という問いが頭をもたげてくる。最近、そのことを強く意識させられたのが、数学の世界の「予想」の話である。

ABC予想と、コンピューターが判定する証明

数学には「ABC予想」という超難問がある。2012年に京都大学の望月新一教授が証明を発表したが、そこで用いられた IUT(宇宙際タイヒミュラー)理論があまりに難解で、多くの数学者が理解に苦しみ、証明を完全に追えている研究者は世界で20人ほどとも言われているらしい。証明が正しいとする理解者側と、なお懐疑的な数学者との溝は埋まらず、100万ドルの懸賞金までかけられるほど、数学界では大きな論争になっているという。
先日読んだ『ニュートン』2026年2月号では、この ABC予想をコンピューターで解決しようとする動きが紹介されていた。具体的には、望月教授の証明をそのまま読むのではなく、コンピューター(Lean というツール)が認識できる形に「形式化」し、そのコードをもとに、コンピューターが1行ずつ論理の整合性をチェックしていくという流れである。人間ではなくコンピューターが、「この証明は正しいかどうか」を最終的に判定するというわけだ。
こうしたアプローチは、ケプラー予想や四色問題(ガリレオシリーズの『容疑者Xの献身』にも登場した)など、以前の難問の検証にも用いられてきたと紹介されていた。ただし、この「形式化」そのものが非常に大変な作業であり、ケプラー予想の場合は数十人のチームで約10年を要したという。AIが登場した現在でも、「上手くやれば5人チームで1〜2年」と数学者が語るレベルの難事業だというから驚きである。
なお、ここまでの数学に関する話は、すべて『ニュートン』2026年2月号の記事を読んで書いているので、興味のある方はぜひ本誌を手に取ってみてほしい。また、ABC予想そのものがどういうものかについて、感覚的な理解を得るには、朝日新聞の特設ページ(https://www.asahi.com/special/abc-conjecture/)が、私のような素人にとっても分かりやすいと感じた。

コンサルの仮説検証は「形式化」されるか

数学の証明は、論理の積み木を一つひとつ積み上げる作業であり、原理的には「正しい」か「正しくない」かが明確に決まる世界である(少なくとも私はそう理解している)。だからこそ、その積み木の並び方をコンピューターが機械的にチェックし、「矛盾なし」とお墨付きを与えるというアプローチが成り立つのであろう。
では、我々コンサルタントが日々行っている「仮説検証」はどうか。コンサルの仕事も、ある論点に対して仮説を立て、それを検証するための分析設計やロジックを組み立てていく、という点では数学の証明と似ている部分がある。将来的には、我々が作ったストーリーラインやスライドの構成をコンピューターに読み込ませ、「この仮説検証ロジックは論理的に矛盾していないか」を短時間でチェックしてもらうことが可能になるかもしれない。
例えば、「このスライドの結論は、前提として置いている市場成長率とデータからは導けない」とか、「ここで急に前提が変わっている」といった点の指摘は、人間よりも AIの方が得意である可能性が高い。そう考えると、コンサルティングの現場でも、数学と同じような「形式化」によるロジック検証が、一部では実用化されるかもしれないという感覚を持つ。
もっとも、それを実現しようとすると、クライアントとの議論のニュアンスや、業界特有の常識、暗黙の前提といった「言語化されていない部分」まで含めて形式化する必要がある。これをきちんとコード化するのは相当に難しそうであり、数学の証明とは質の異なるハードルがあるように感じる。それでも、AIの発達スピードを見ると、「いつかどこかで試されるだろう」と思わせるだけの現実味はある。

論理の正しさと、不確実性のあいだで

ただし、数学の証明とビジネスの仮説には、決定的な違いがある。それは、ビジネスの世界では不確実性を完全に排除できないという点である。将来の市場成長率、競合他社の戦略変更、人々の価値観の変化──どれだけ慎重に調査しても、最終的にはどこかで「この程度伸びると仮定する」「このくらいのスピードで浸透すると置く」といった前提を置かざるを得ない。
したがって、たとえ仮説検証ロジックを完全に形式化し、AIによって「論理的には矛盾なし」と判定されたとしても、その仮説が現実の未来を当てる保証はない。論理の正しさは必要条件ではあっても、十分条件ではないのである。ここに、ビジネスという営みの難しさと、同時に面白さがある。
新年になると、どうしても「2026年はどうなるか」という結果の予想ばかりに意識が向きがちである。しかし、結果が当たるかどうか以上に重要なのは、「どんな前提に立ち、どのようなロジックで考えたのか」を自覚的に持つことであるように思う。数学の世界で試されているような厳密な検証の視点を借りつつ、不確実性から完全には逃れられないビジネスの現場で、どのように意思決定していくか。
「予想できない世界」と付き合いながら、それでもなお筋の良い仮説を立て、クライアントと一緒に未来を選び取っていく。そのための思考の精度と前提への自覚を、改めて持ちたいと感じている。

MAVIS PARTNERS アソシエイト 井田倫宏