ガバナンスの「要」への注目
昨今、コーポレートガバナンス改革の議論が深まる中で、にわかに注目を集めている存在がある。「コーポレートセクレタリー(取締役会事務局)」だ。
取締役会の実効性をいかに高めるか。社外取締役との連携をどう深めるか。こうした問いの答えを探していくと、「事務局の機能強化」という一つの解に行きつく。実際、経産省はコーポレートガバナンス改革に向け、「コーポレートセクレタリー」の機能強化に着目し、有識者会議等にて検討を進めている。
ところで、ここでいうセクレタリーとは、一体何者なのだろうか。日本で「セクレタリー(Secretary)」という言葉を耳にして、真っ先に思い浮かぶのは、経営者のスケジュールを管理し、来客に茶を出し、航空券の手配に奔走する「秘書」の姿かもしれない。だが、ガバナンスの文脈において、あるいは政治や国際社会の舞台において、この言葉が持つ響きは全く異なる感を持つ。日本の秘書のニュアンスは「アシスタント(Assistant)」に近いだろう。
なぜ、これほどまでに認識の乖離が生まれるのか。その答えの一つとして、セクレタリーという言葉の語源に遡りたい。
「秘密」を共有する者
セクレタリーの語源は、ラテン語の「secretarius」にある。これは「secretum(秘密)」に由来し、もともとは「王や主君の秘密を共有し、機密文書を扱う信頼された知己」を指す言葉であった。まさに文字通りの「秘書」である。
中世ヨーロッパにおいて、王の印章を預かり、公文書を作成・管理する職務は、単なる事務作業ではなかった。それは王の意志を法へと変換し、国家の秩序を維持する、統治システムの核心部を担うことを意味していた。日本でも天皇の書記官である蔵人は実質的な権力を持つ権力者であった。
つまり、語義から考えると、セクレタリーの本質は「個人の手伝い」ではなく、「組織の正統性を司る守護者」にある。
国家の意志を司る「セクレタリー」たち
この語源的な背景を知れば、現代の国家機構において、なぜ重要ポストに「セクレタリー」の名が冠されているのかが理解できる。
例えば、日本において、最も「偉い」セクレタリーを挙げるとすれば、それは間違いなく内閣官房長官(Chief Cabinet Secretary)だろう。
官房長官は単なる総理の代弁者ではない。閣議の決定事項を整理し、各省庁の縦割りを排して国家のベクトルを合わせる「調整の総本山」だ。政権の危機管理の要であり、国家の機密を一身に集約するその職責は、まさに語源通りの「秘密を共有する者」の最高峰といえる。
また、視点を「議会」という意思決定の場に移せば、衆議院事務総長(Secretary General of the House of Representatives)の存在が際立つ。日本の最高意思決定機関である国会の運営を支える事務方のトップであり、議院の自律性を守る重責を担う。いわば「日本の取締役会」とも言える衆議院において、審議の公正さを担保し、膨大な議案を整理する司令塔こそが、このセクレタリー・ジェネラルなのである。
同じく、世界を見れば、アメリカの閣僚は「Secretary of State(国務長官)」や「Secretary of Defense(国防長官)」と呼ばれ、国際連合のトップもまた「Secretary-General(事務総長)」の職名を持つ。
また、英語で「Secretary」の呼称はつかないものの、その機能において極めて近いのが「米国大統領補佐官」や日本の「首相補佐官」といったポストだ。特に日本の首相補佐官には各省の次官級やエース級官僚が就き、トップの意志を具体的な政策へと変換する動力源となっている。彼らに共通しているのは、情報の結節点に立ち、それを「組織の意志」へと昇華させる役割だということである。
コーポレートセクレタリーの本質
翻って、現代の日本企業における「コーポレートセクレタリー」はどうあるべきか。多くの現場において取締役会事務局は、いまだに「会議の設営屋」や「議事録の記録係」という、限定的な役割にあることをよしとされている。しかし、これまでに見てきた政治機構のセクレタリーたちの役割を考えれば、企業における事務局もまた、本来はより枢要な機能を備えた「官房」的な存在足りえるはずだ。
セクレタリーは、自らがスポットライトを浴びることはない。常に黒衣であり、組織という舞台を裏から支える存在だ。しかし、その黒衣がどのような思想を持ち、いかなる覚悟でペンを握るかによって、取締役会の質は劇的に変わる。
セクレタリーという言葉から抑制的な機能を持つ秘書を連想するのでなく、日本の最高機関たる国会がそうであるように、組織の意思決定を支える「事務総局」・「事務総長」を創造されたい。内実において「事務総局」としての気概と立ち位置を持ってこそ、企業のガバナンスは形だけではない、実質的な体温を持ち始めるのではないだろうか。
MAVIS PARTNERS アナリスト 為国智博








